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松本簡易裁判所 昭和33年(ろ)20号 判決

被告人 宮田安好

主文

被告人は無罪。

理由

被告人に対する第一の業務上過失傷害の公訴事実は、

被告人は、運転免許を受けて軽自動車の運転に従事しているものであるが、昭和三二年一二月三〇日午前一一時頃軽自動車長か五八一三号の後部に小池さかゑ(当時四一歳)を乗車せしめて、松本市栄町地籍薄川の北側堤防上の道路を東に向け進行するにあたり、該道路は凹凸しており、路面の様子に応じて速度を緩め乗車中の者を振落す等の事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに不注意にも時速三〇粁位の速度にて漫然進行した過失により後部座席に乗車していた前記小池さかゑを振り落し、因つて同人に対し全治約一ヶ月を要する左上膊、右股関節部打撲傷、右肘右膝関節部打撲擦過傷、右膝打撲症等の傷害を与えたものである。

と謂うにあるから審案するに被告人が運転免許を受けて軽自動車の運転に従事し、昭和三二年一二月三〇日午前一一時頃軽自動車長か五八一三号の後部座席に小池さかゑを乗車せしめ松本市栄町地籍薄川北側堤防上の道路を西から東に向い進行中小池さかゑが転落負傷したことは一件記録に徴し明かである。

そこで右の傷害が被告人の過失に基因するものか否かについて審究するに当裁判所の検証の結果並びに被告人及び証人小池さかゑ同久保田金鶴の当公廷における供述を総合すれば、

(イ)  右松本市栄町地籍薄川北側提防上の道路は有効巾員六、七米を有し概ね砂地にして多少の窪地はあるが、浅いなるい平型のもので急に深く窪んでいるものはなく、普通道路というべきで事故現場及びその周辺も特に悪いという状況はなく此の道を二、三十粁程度の速力で進行することは、普通では、危険とは認められないこと。

(ロ)  被害者小池さかゑの負傷は、股間の打撲及び肘膝頭等を擦り剥いて血が浸んだ程度で七日間位、相沢病院で治療を受けその後自宅に休養した程度であつたこと。

(ハ)  事故当時被害者小池さかゑは、和服の着流しで左手首に手提袋を掛け、造花の材料を入れた三〇糎四方位大の風呂敷包を腕を下から廻して捧げるように抱え、被告人の運転するオートバイの後部座席に背を南にして北向きに両足を揃えて横乗りし、右の手で座席のニギリ(タンデムシート・ハンドル)を掴み右道路を東進中その頃同所には東風が吹き、向い風のため加速的に風速加わり同女は衣類の裾が、まくれんとするので漸くなをしつゝありたるが事故現場辺に至るや俄に東より突風起り、着流しの着物の裾をパツト開いたので、狼狽した同女は無意識につかまつていた右手のタンデム・ハンドルを離したこと、及びハンドルを離して前にかゞん(屈)で裾を押えた瞬間、からだが動揺して尻がずれ安定を失し転落したこと、

などのことが認められる。

たとえ被害者小池さかゑに不注意の責があつても、被告人の過失が事故発生の一原因をなすならば被告人の罪責は免がれないのであるけれども、前記(イ)(ハ)並びに前記供述とを審究すれば、本件事故は全く被害者小池さかゑの過失のみによつて惹起せしめたものと認定するを相当とし、被告人の業務上必要な注意義務を怠つたことに基因したものと認むるに足る証明はない。

なお本件は被害者小池さかゑが、負傷の翌日相沢病院の診察を受けた際同医師より自動車事故にて負傷した場合は労働基準監督署に手続すれば労災保険が受けられると聞き、同監督署にその手続に及んだ処、同署では労災保険より自動車損害賠償保障法が優先する、その手続をせよと教えられ、その手続に警察署の事故証明書を要することゝなり昭和三三年二月一日に至り、被害者の雇主証人久保田金鶴において事故屈出をなし本件捜索の端緒となつたものであつて、その当時の被害者並びに被告人の供述調書(検察官の刑事訴訟法第三二一条第一項第二号により提出に係る証人小池さかゑの検察官に対する供述調書、同第三二二条第一項により提出に係る被告人の検察官並びに司法巡査に対する供述調書、同第三二八条により提出に係る小池さかゑの司法巡査に対する供述調書)は前記認定の事実に徴し、公判期日における供述と相反する部分はたやすく措信し難い。

第二道路交通取締法違反の追公訴事実は

被告人は昭和三二年一二月三〇日午前一一時頃松本市栄町地籍薄川北側堤防上の道路において、軽自動車長か五八一三号の後部に小池さかゑを乗車させて運転進行したのであるが、該道路は路面に凸凹が多く反動が激しいので適宜速度を落さないときは、右小池が、たとい両手で掴つていても、横乗りの形では転落の危険が少くないばかりでなく同女は和服を着用し左手には約三〇糎立方の風呂敷包を抱え、その腕に更に手提袋を掛け、右片手しか空いていない状態であるのに拘らず同女をして右片手だけでサドルの後にある握り金具に掴らせ且つ横乗りの形で乗車させたまゝ時速約三〇粁の速度で該道路を疾走したゝめ車の反動により同女を転落負傷させるに至り以て道路交通及び積載の状況に応じ公衆に危害を及ぼさないような速度と方法で右軽自動車を操縦しなかつたものであつて道路交通取締法第八条第一項に違反する。

と謂うのであるが、右は道路交通及び積載の状況に応じ公衆に危害を及ぼさないような速度と方法で操縦しなければならない規定であつて公衆に危害を及ぼすことが保護法益であり、公衆とはすなわち特定の法律関係における当事者以外の不特定多数の者と解するから、後部座席に乗車中の被害者は公衆に含まれないと謂はなければならない。よつて公訴事実は同法条に該らず何等罪とならない。

よつて第一、第二公訴事実共刑事訴訟法第三三六条に因り無罪を言渡す。

(裁判官 野明助治)

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